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知財立国のために皆さんに期待すること」 
独立行政法人 日本貿易保険 
理事長 (元特許庁長官) 荒井寿光


                 要旨作成:山本晋也

 私が特許庁長官になる1年前に科学技術基本法が制定された。しかし、科学技術基本法・科学技術基本計画には知的財産権・特許が大切であるという記述が全く無いことに驚かされた。しかし、日本も振り返ってみると、特許を基にしたベンチャー起業家はいた。約100年前、豊田佐吉と御木本幸吉である。彼らは多数の特許を取得し、事業を成功させた。

現在の日本の状況は、国際競争力の低下、経済のマイナス成長、失業率の悪化などかなり厳しいものとなっている。こうした中、従来「ものづくり」で栄えてきた日本を今後どうしていくかという議論が活発化してきたが、私は知識・知的なものを大切にすることによって21世紀の日本を支えていくべきではないかと思う。そういう方向から特許を考えた時、特許にも構造改革が必要である。日本の特許には5つの課題がある。

 1つ目には日本は出願大国ではあるが特許大国ではないことが挙げられる。出願特許件数では日本はアメリカを上回っているが、成立特許数や生きている特許数ではアメリカを下回っている。しかも、日本では生きている特許の3分の1が休眠特許である。

 2つ目は基本特許・先端特許が弱いことである。日本企業は自社保有特許が改良性の高い特許が多いと評価している一方、必要としているのは基本特許・応用技術であり、そのギャップが大きい。特に、バイオ分野においては、例えばキルビー特許のように日本企業が合計1兆円余も支払った特許が存在するなど、特許の価格が高騰していることから、基本特許・先端技術をおさえておく必要がある。

 3つ目は大学・個人の特許が少ないことである。アメリカの大学は日本の大学の10倍もの特許を取得している。また、特許出願に占める個人の割合ではアメリカは日本の6倍余になる。

 4つ目は日本の特許には国際性が無いことである。例えば、アメリカの特許庁への外国からの出願は半数近いのに対して、日本の特許庁への外国からの出願は1割程度にとどまっている。さらに、日本の場合、国際出願が少ないことがある。これは日本では企業のノルマ出願が多いことが原因の1つであると言える。

 最後、5つ目は技術貿易収支が赤字であることである。アメリカが技術貿易で250億ドルも稼いでいるのとは対照的である。

  さて、21世紀の日本を考える上で、日本の大学がもう少し知的財産権に対する認識を改める必要がある。特許より論文を重視する、「特許は独占悪」という神話、特許明細書を書くのが負担である、特許委員会の手続きが面倒、そもそも特許を出願する費用が無い、といった問題があり、最近では改善が見られるものの、依然として日本の大学はアンチ・パテントのスタンスであるといえる。こうした環境を反映してか、大学の研究費は全体の2割に当たる3兆円、大学の研究者数は全体の3割を占めるにもかかわらず、大学の特許出願数は全体のわずか0.25%に過ぎない。大学の知的財産の現状は厳しいものがある。

 大学の研究者は特許に対しての抵抗感が強い傾向にあるが、実は特許は研究者の皆さんにとって便利な手段である。まず、有馬朗人元東大総長が「1つの特許は10の論文に相当する」と述べているように、特許は国際的な発表の手段である。例えば、アメリカでは特許は技術論文の一種としての意味もある。また、前述したように「特許は独占悪」という考えが根強い。しかし、著作権も特許も発明者を守るが、著作権は表現の保護であり、アイデアは保護しない。アイデアレベルの包括的な保護は特許権の役割である。さらに、特許は有効な検索手段である。競争相手がどういう研究をしているのかということを、特許を検索することで容易に知ることができる。本多光太郎教授の「産業は学問の道場なり」という言葉がある。大学も人の世の役に立つ、実用化される研究をやっていく必要があるということであり、また、特許を上手に使うことで学問としても進んでいくことができるのである。

 このように知的財産に対して大学への期待が大きいわけであるが、知的財産にはいろいろ問題があるのではないか、ということで有志が集まって知的財産国家戦略フォーラムを作り議論している。製造業の空洞化が進む中、知財立国でしか日本が生き残る道は無く、21世紀には日本が世界一の知財立国になることを目標として掲げている。そのために、知的創造サイクルを回すことを提言している。

 さて、私達は日本の知的財産を議論する時に、4つの視点からとらえている。4つの視点とは、個人、企業、国、そして、世界である。つまり、個人の創造活動に十分な報いを与える、企業経営で知的財産を重視する、国全体が知的創造活動を支援する、国際性ある制度と運用の実現、といったテーマで議論をしている。具体的には7つの戦略として、大学戦略、教育戦略、企業戦略、行政戦略、外交戦略、立法戦略、司法戦略を提言している。例えば、大学戦略では特許を評価基準に加える、企業戦略では知財部のプロフィットセンター化・特許法の職務発明規定の廃止、行政戦略では審査のスピードアップ、外交戦略では日本の知的権益の保護、司法戦略では特許訴訟のスピードアップ、などがある。

 みなさんへの期待ということでは、やはり日本に必要なのは基本発明である。また、産学連携の推進やベンチャー企業の設立促進というのも重要であろう。これらを実現するためにも特許を有効に活用して欲しい。かつて、大学の研究者はプロパテントであり、大きな役割を果たしてきた。また、最近では野依教授の例もあるように、ノーベル賞と特許の関係が強くなってきている傾向がある。アメリカではノーベル賞をとる人は特許もとっており、特許は決して学問の妨げにはならない。

 最後に、特許・知的財産に関する学問は長い間ほとんど進んでいないのが実情である。また、科学技術には国境が無いのに特許には国境が存在するなど、現在の特許制度は問題も多く、使いやすいとはいえない。そこで、知的財産学会や21世紀型知的財産法というものを作る必要があるのではないだろうか。また、企業が知財会計・知財報告書を作成する、質の高い特許弁護士・弁理士を増やすために知財ロースクールを設立する、といったことも必要であると考える。

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